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AKAGIYAMA TARO NO SEKAI — 個人誌

赤城山太郎の世界

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趣味、全方位。
FIRE · 旅 · 旧車 · 投資 · 酒 · 釣 · 温泉
章 02 · FIRE生活記 · 読了 2分 · 2022.01.15

リーマンショック

リーマンショック

株式投資を始めたのは2007年ごろだった。
きっかけはちょっとした特殊ボーナスで300万円の余剰資金が出来たことだった。
当時の上司が株好きだったこともあり個別株と投信、FXを始めてみた。

株に200万、投信でインド株に20万、FXで80万のポートフォリオ。
ちなみに何も考えていない。

FXはまだ400倍があった時代。
そこまではタネ銭がないので20倍とかでやってた気がする。
ちょっと遊んでロスカットで全額消えた。

他に困ったのが日本株の単元価格。
ろくに銘柄が買えないのだ。
ということで信用取引を始める。

当時はサブプライムローン問題があり株価に黄色信号という情勢だったが実際に株価はそれほど影響はなかったように思う。

カブーフレンズという有料サイトに登録してデイトレやスイングトレードに興じる。
信用枠いっぱいまで使っていっぱしの投資家気取りだ。

そしてリーマン破綻。
この時はサブプライムローン問題は織り込み済みという意識でリーマンなんて全然気にしていなかった。
が、日々続く株価下落。
追証の連発。
完全に麻痺していた。

信用枠全部損切り。
矢吹ジョーかと思うくらいの燃え尽き方をした。

数十万を残してど素人の株式投資は幕を閉じたのだった。
これがリーマンショックだった。

恥を晒して今ここに脱皮を誓う。

2007年当時の株式投資の経験はその後の自分の投資スタイルの原点になっている。リーマンショックで大きなダメージを受けたことで、レバレッジの怖さと分散の重要性を体感として学んだ。あの時の損失は痛かったが、そこから真剣に投資を勉強するようになった。指数積立という考え方に最初は半信半疑だったが今では完全に納得している。あの経験がなければFIREを目指す動機も生まれなかったかもしれない。失敗は次に生かせるなら授業料だと思っている。

📝 この記事のポイント

  • FIRE後は自己管理が重要な日課に
  • 毎日の支出把握が長期的な資産維持につながる
  • 50代のFIREは健康管理も欠かせない
赤城山太郎
赤城山太郎
1972年、埼玉生まれの団塊ジュニア。群馬・赤城山の麓在住。 大手ハウスメーカー営業26年(店長8年・引渡250棟)を経て、2023年に五十でFIRE。 現在は不動産賃貸業(アパート12棟70戸)と古物商を営みながら、週末は大井フリマでレコード屋。 旧車・バイク・釣り・酒、興味の赴くままに。FP1級/宅建士/賃貸不動産経営管理士。
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